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白鳥の子の喩え

 投稿者:  投稿日:2016年12月18日(日)15時24分22秒
返信・引用
  ずいぶん、むかしのことになる。
漠然とした思い、妄想の類だが、アヒルの子の中に紛れ込んだ
白鳥の子をイメージしたことがある。
いつも違和感がある、またみなと仲良くしても、どこか異邦人のように感じ
あるいは、かれらからもそう見られているような感覚に襲われたのだ。
ただ、すぐに忘れてしまうのだが~
なぜなら、ぼくの住んでる群れはアヒルばかりなのだから。
 だからなのかも知れない、市井の人でありたいと言う、その心底である。
雑踏の中にあれば、異人も目につきずらい。
しかし、もし、田舎にいたら、注視の中に晒されるだろう。
そういう恐れを感じるからだろうといまは思う。
 しかし、もうそうもいかないのだ。じぶんであるしかないのだ。
本来の姿を自覚しないから、ますます、ギャップが深まり、混乱し迷走する。
幸運も逃げてゆくのだ。

 60兆の細胞は宇宙の波動のようにぼくを包んでいる。
恐れることはない、孤立することはない。
そのことに気づいて、変わりつつある、感じ始めている。
ぼくがなにものであるか、人生のほんとうの意味を分かり始めている。
ぼくは白鳥なのだ、むろん、ものの喩えであるが。
 

創造

 投稿者:  投稿日:2016年12月11日(日)16時27分29秒
返信・引用
  面白い本を読んでいる。
パワーか、フォースか。という。わたしの知らない概念で
あったが、ダイアーの本で知った。
その中に、創造する人の心にインスピレーションが湧くと人間の意識は
織り込まれた世界に繋がると。
つまり、可視の世界の向こうへつながるということである。
もうひとつ、限界値は破られるということ。

 このことをとことん、突き詰めてみよう。
潜在意識を使い、だれにでもある、この才能、そしてそれは
信じるものにしか生まれない。

 小さな可視の世界に右往左往してちゃしょうがない。
そういえば、庭なり、部屋をあれこれするのもたぶん、可能性を
持っているのだ。
好きなんだ、と思う、そして好きなことの中にあるのだ。
なにが、そう、限界を破るヒントであり、延長を思い続ければいい。
 

読書と暖房

 投稿者:  投稿日:2016年12月 9日(金)16時05分46秒
返信・引用
   賀状のこともあり、一階のパソコンへ触れて、そろそろと
気持ちを切り替えていたら、思い出した。
昨年のスポーツ部屋もそうだったが、毛布に包まり、足温器を使い
過ごした事を。
 そうなのだ、節約のためだけではない。朦朧としてくるからだ。
本も読めないし、眠くなるし、非行動的になる。
どうも冴えないな、と思った。苦笑

 電源を忘れてはいけないのでスイッチをテーブルに固定。
殺風景だが、そんなことを細工した。
きょうもあれと、めげることがあったが、なに、小事と切り替えした。
しかし、スカッとしない状況であることも事実でこんなときこそ、ポジティブに
ならないといけない。
単に精神論じゃない、潜在意識を活性化させるためにもポイントである。
どんどん、切り替えしてゆこう。
 

アンラッキはラッキー

 投稿者:  投稿日:2016年12月 8日(木)16時13分51秒
返信・引用
  昨日は散々であった、早くも出たし、気分を変えたのにと
いつもなら、滅入りこんでいるところ。
たしかにがっくりはした、が、反転してこう思った。
そうか、ここにヒント、チャンスがあると。
まあ、説明はやめておこう。とにかく、前進のひとつの形なのだ。
後退ではない。

 さて、きょうは予定通り、西側の部屋を整理する。
いままでもそうだったがスポーツジムの如くに。
本はまだあるが、それはいい。
並べ替えですっきりもしたろう、欲張っていろんな機能を持たせて
いたがやめた。
ついでに整理していて、いろいろと使えるものもでてきた。
スナップ写真もでてきた。思わぬ収穫であった。

 いろいろな意味で負け犬的心情から抜け出つつある。
それがいちばんの収穫かも知れない。
フォースではない、パワーをとそう思う。
 

前進している

 投稿者:  投稿日:2016年12月 6日(火)16時27分14秒
返信・引用
  例えば、先日、不快なことがあった。
発信して、行動した。些細なことであった。巧く言ったと
思っていたら反動のように、狙い撃ちのように悪意を感じた。
こういうのにぼくは馴れていない、しかし、どうだろうか、やはり
結果を出しているのだ。
ああ、あいつはやるんだなと人にも印象つけたと思う。
馴れなくてはいけない、対立するのではなく、じぶんの責務を果たすだけの
ことである。
 教訓として、ぼくの弱点、発信に馴れていない、個別に挫けがちだということかな
また、感じた。
もっと大局で考えないといけない。だからこそ、いま、徹底して自己信頼に集中して
いるのも、その原因を感じているからである。
本源的な自信のことである、つまり、ひとから評価されたり、肩書きがあったり
行動の裏づけとか、佳いことがあったとか、そんなことである。
誰にせよそうなのだが、偉大な人、成功するひとはどうもそこが一段抜けていると
そう思う。
  そのひとつが、潜在意識、3兆個の細胞である。
動き出している、そう、鯨は浮上しつつある。
 

戻ることはできない

 投稿者:  投稿日:2016年12月 3日(土)14時48分2秒
返信・引用
  高みに登った以上、下降することはできない。
深遠を覗いたものは忘れることはできないのと同様である。
むろん、降りることはできる、ただ、下界を徘徊する視点をもう
持てない。
 市井に隠れ棲まうことはできるが、市井の人と睦み会うことは
できない。
和して同ぜず、それが高貴な人間の宿命である。
庶民としてしか生きてこなかかったわれには過酷な運命である。
しかし、一歩を進めるしかないのだ。
戻ることはもうできない。
 

さりながら、器への出口

 投稿者:  投稿日:2016年12月 2日(金)11時01分17秒
返信・引用
    本質論だけじゃ、ひとは理解もできないし、漠たるものだ。
そして、書くことを思わなかったから、求めているものがわからなかった。
迷走のさいたる要因である。
まあ、それはいい、押し出してゆく方ではないのだが、それでもひとに
認められたい。それは素直に認めるべきだろう。
だから、ものやことに執着しないが、ものやことで秀いでようとしてきた
ことも事実。いまでさえそうだ。
シャイだから、こころに秘めて、というのも低迷の一因だろうが、いまは
問うまい。いろいろな物事を面に表わしてゆこうと切り替えている。

 ただ、皮肉なことにそこに気づいたら、個別も意味を持ってきた。
かっては通過しゆくものであった。ここにないと、本質的な思考は思うからである。
しかし、いまはべつものと考えることができる。
 

器ならず

 投稿者:  投稿日:2016年11月30日(水)16時21分2秒
返信・引用
  本気度、つまり、真剣になりかたが足りない。
そんな気がする。これしかない、これをクリアしないといけないと
いう思いが欠けていたのだ。
で、その一因がここにあると思い至った。
本質じゃない、と、これは枝葉末節、小さな器。
器は好きな、集めたりもしたりもする。だが、すぐに購えるものだ。
むろん、手が届かないものもあったのだが、気持ちはそうだ。
とにかく、この世のなにかを知りたかった。
そして、経験しつつ、それを求めた。だから、みな、プロセスであって
次へ関心が移る。
 たしかな手ごたえが欲しかったのだろう。
それはものにはない。事にはない。
生とは何か、なら、セックスも視野に入ってくる。
古代の教えだけでいいのか、それは生をすべて包含しているのか。
いまだ解けないが、少なくとも、器ならずが少なからず、わたしの人生に
影響したことは事実だろう。
 

こころざし

 投稿者:  投稿日:2016年11月28日(月)15時11分56秒
返信・引用
    小さいのではない、大きいのだ。
小川はいつか海に注ぐようにホンモノを探しているうちに、辿りついたのだ。
だから、ひとにはわからない。
 しかし、いまは水溜まりにいるようなものだ、だから、もがいてきた。
大海へ出ねばならない、大海の水なのだから。
人間であるから、大地という制約はあるのだ、それでも大海の水だとしっかり
腹に収めることだ。そこから、天地は拓ける。

 本を読み出したとき、まさに本質に係わることへ収斂させたのもそこにある。
そこから、始まった。
大きなことを思うから、受験勉強に身が入らなかったのだ。
なんせ、虚しい知識の断片なのだから。
そうは言っても、とうじは力不足、小川が砂漠に吸い込まれるように低迷して
いたのだ。
 地表にでても、やはり小さな大地、這いながら広い台地を求めて、瓦礫に衝突
してきた。それでも海を目指したのだ、だから、そこで安住できなかった。
次は、枯れようとしていた地にしばらく、止まり、緑を再生させたのだ、じつに
15年を要した。
 ときは刻々と過ぎてゆく、大海は遠いと感じてどれほど焦ったか。
しかし、凌ぎきった、どれほどの忍耐を要したか、そして、それは偉大な宗教者の
試練にもにていた。
 そして気づいたのだ、大海もこの宇宙の一部。つまり、海に拘らずとも
いまここが大海なのだ、と。
般若の知恵を得たのだと思う、そう信じていい。
 

知は力 ?

 投稿者:  投稿日:2016年11月28日(月)10時54分15秒
返信・引用
    たしかに掴んでいる、それは紛れもない。
また、そう信じていいのだ。
いわば、般若の知恵と近いものとさえ高言したい心境である。
それなのに、なぜ孤立するのか、理解されないのか。
 なにか接点があるはずなのだが、そこで名手が浮かばず、困惑している。

 その話はおいて、別のことである。
近頃、冬の衣替えということでタンスをあけてみると、結構、いいものがある。
手を通していないものも多い。
古いものから着たりするからもあるが、もっと大胆に着てもいい。
案外派手な色合いや、明るいものがある、なぜか、遠慮するようになっている。
性格もあるだろうがどうも、考えにも同じことが言えるように思う。
どうせ、わからん、誤解されると引いてしまうのだ。

 そこを変えようといまは意識改革をしている。
途上であるが、ずいぶん、効果を出てきていると自負している。
根っ子から変えているのだ。
 

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