いず 談話室
伊豆の話題でもりあがりましょう(笑)
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いらっしゃい
投稿者:
たび@主宰
投稿日:2000年 5月 7日(日)09時09分43秒
*あっこちゃんさん
ようこそ、この掲示板へ(笑)
先日お問い合わせいただいた、洋服の件ですが、
まだご期待に添えるようなものが入ってきません。
いま、古物商の免許を申請中で、もうすぐ大々的
に仕入れが出来るようになるので、
そうすれば品数もふえると思います。
ともあれ、これからこの掲示板をかわいがってあげてくださいね
*和田さん
>く、富士山がきれいに見えたことと思います。なぜ、来年なのかわ
>かりませんが、次は縦断してみてはいかがでしょう。
残念、ガスがこくて視界ゼロでした。
いやぁ、物事に熱中するタイプでないので、
年に1度ぐらいがよいかなぁと・・・
あっこちゃん、ようこそ!
投稿者:
和田孝司
投稿日:2000年 5月 6日(土)22時04分24秒
>あっこちゃん、よくいらっしゃいました。
「七つの子」のエッセイ読んでくれてありがとう。この童謡の
真の味わいが伝えられればなあと思っています。
(http://www2.wbs.ne.jp/~kanoriv/esseopen.htmの15番参照
よければ皆さん読んでね)
ちょうど、たびさんとの議論の真っ最中だったのですが、本当は
みんなで軽い話題でわいわいやりたいのです。よかったら、そんな
話題でも提供してくださいね。
メールでも書きましたが、エッセイの新作を楽しみにしています。
皆さんもあっこちゃんのエッセイを読んでみてください。きっと
引き込まれると思いますよ。おすすめです。
こんばんわ
投稿者:
あっこちゃん
投稿日:2000年 5月 6日(土)20時58分11秒
和田さんに誘われてフラフラと来てしまいました(笑)
なかなか、読み応えのある掲示板です。
私なんぞがお邪魔してもよろしいのでしょうか?
うん、でも又お邪魔しますけど。
和田さん、エッセイじっくり読ませていただきました。
知りませんでしたもの<ななつの子
たびさん、いつもお世話になっとります。
前には、ありがとうございました。
今後ともよろしくです。
http://www.plaza.across.or.jp/~izu2001/
越前岳、おかえりなさい
投稿者:
和田孝司
投稿日:2000年 5月 6日(土)01時28分54秒
>たびさん
越前岳登山おかえりなさい。
一時間半程度で標準でしょうか。楽と言えば楽ですね。天気もよ
く、富士山がきれいに見えたことと思います。なぜ、来年なのかわ
かりませんが、次は縦断してみてはいかがでしょう。
関西弁や、その他方言にしても、その土地の人の地元の言葉に対す
る愛着によって守られて行くでしょう。静岡の方言も次第に薄れて来
てはいますが、すぐに失われることはないとは思います。生まれ育っ
た土地の言葉は、個人や地域にとっての財産だと思いますし、財産だ
と感じる心がある以上、失われないものと信じたいですね。
今の人のものの考え方の均質化の高まりというよりは、ものの考え
方が根本的に喪失しているのではないかと思います。価値観が分散し
ていて、むしろ考え方が両極端です。茶髪で薄っぺらく生きている若
者も居れば、模範的な真面目な子がとんでもない犯罪を犯してしまう
時代です。思想の多様化ならばいいのですが、両極端化なのですね。
しかし、僕はいつの時代も若者が時代を作っていくものと信じたい。
今の社会のシステムや変化に順応したり反抗したり、今の若者たちは
模索しているのだと信じたいですね。
越前岳
投稿者:
たび@主宰
投稿日:2000年 5月 5日(金)14時03分40秒
登ってきました。
去年の須山からのルートに比べると、嘘のように楽な登山でした。
7時にスタートして、8時半には頂上に着いてしまったのですから(笑)
来年はどの峰を攻めるかを考えています。
さて、言葉について
英語に多彩の表現が可能だとしても、必ずしもそれが生かされているともいえ
ないのだと思います。
米中西部などの閉鎖的な地域へ行けば、使われている語彙も少ないことが想像
されます。
事実、ヘミングウェイの文章などは読むと紋切型で、言葉少なという感じです。
(初期の作品は好きだが・・・)
逆に、ある人が「イギリスというのは、ものの五分も会話をすれば、相手がど
の地域のどの階級の人間かわかってしまう、恐ろしい社会だ。」といっていま
したが、こうした背景があの豊かな語彙を生み出す土壌になっていることも否
めません。
関西弁の場合京都、大阪、神戸という狭い地域でも、たとえば「来ない」とい
う言葉が、それぞれ「きーひん」「けえへん」「こーへん」と変化します。
こうしたニュアンスに富んだ表現がなくなってしまうとしたら悲しいことです
が、昨今の人々の、ものの考え方の均質化の度合いを見ると、もうどうにもな
らないことなのかもしれないと感じています。
標準語についてなど(2)
投稿者:
和田孝司
投稿日:2000年 5月 4日(木)15時48分19秒
さて、形容詞の話ですが
>前回述べた形容詞の数の話は、そうではなくたとえば日本語で、美しい
>という形容詞に対応する単語が程度やニュアンスの違いによって何種類
>もあるという話だったと思います。
これは理解しています。けっきょく、島国の日本に比べ、英国など、隣
接する国の間での折衝が多かった国では、言葉に多くを頼る必要があった
ため、形容詞などは細かなニュアンスで細分化して来たものと思われます。
「美しい」や「恐ろしい」など、英語におけるその形容詞の多さには舌を
巻きます。日本語は大意を汲むため、少ない形容詞で間に合っていたもの
でしょう。
ただ、前にも書きましたが、日本語における「形容詞」と英語における
「形容詞」は取り決めが違うため、恐らく三分の一というのは誤りでしょ
う。「純粋+な」とかの、現在では非公式に「な形容詞」と呼ばれる形容
詞は純粋な形容詞の倍以上、あるいはもっと数が多いでしょう。
英語における現在分詞および過去分詞に当たるものは日本語でもあるの
で無視していいでしょう。イデオムについては、よく知りません。
ともあれ、「美しい」という表現が豊かな英語に敬意を表しますが、少
ない表現で意志を疎通できる、あるいはできた日本語にも敬意を表します。
日本の文学では「美しい」「恐ろしい」という形容詞を直接使うのを好み
ません。女性の美しさを言う場合「端正な顔つきの女」とか、ちょっと昔
なら「小又の切れ上がったいい女」とか、恐ろしいなら「身の毛もよだつ」
とか「ぞっとする」など、言い回し(それこそイデオム)で勝負ですね。
標準語についてなど(1)
投稿者:
和田孝司
投稿日:2000年 5月 4日(木)15時47分27秒
>たびさん
いえいえ、不快は全く感じていません。実のところ、僕の述べた「標準」
が「標準語」へと飛躍した議論になったので、それに対する弁明を書いたと
ころ、非常に煩雑になったので、少し時間をもらおうと思い、とりあえず、
全く別の形容詞の話をさせていただきました。
>関西弁の豊かな世界に触れて、それが標準語という概念によって大きな
>抑圧を受けているという気持ちを強く持っているので、
標準語がいつしか大きな権力のようなものを持ち始めてきたということは
言えるかも知れません。しかし標準語は本来そうした権力を持つ目的性で作
られたと言えるかもしれません。全国の言語の統一は必須のものであったの
であり、標準語の設立は当必然の現象だったのでしょう。
標準語はしかし一つの日本語であり、関東の言葉でも関西の言葉でもない
と考えるのがふつうです。確かに標準語は東京山の手の言葉を基準に作られ
ましたが、標準語はあくまで標準語なのです。もし関西弁を基準に標準語が
作られていたとしても、支障はなかったものと思われます。ただ、そうだと
したら、今の標準語に関西の方が抵抗を感じる同じ感情を関東の人は感じて
いたかもしれません。
感情論としてのたびさんの言いたいことはよく理解できますが、日本語の
標準とその機能は否定できないものです。関西の言葉が非常に豊かな言語で
あるのなら、むしろ抑圧、あるいは不自由を感じているのは標準語の方です
ね。
いわゆる方言というものの持つニュアンスを完全に標準語で置き換えるこ
とはできません。標準語はある意味乾いた言語だろうと思います。けっきょ
く我々はその土地の方言と標準語を共有した形でやっていかなければなりま
せん。
>ともあれ、僕が危惧するのは、「美しい日本語」という概念のせいで、
>言葉の持つ可能性が狭められてしまうのではないかということなのです
そういう面もあるでしょう。しかし現に今、多くの語彙は使われなくな
り、死語と化しています。たびさんがおっしゃったように、言葉はどんど
ん変化し、新しくなっていきます。「なにげなく」が「なにげに」と言わ
れ、流通しだしたのには驚きました。五年前ぐらいに江口洋介がコマーシ
ャルでこの言葉を使ったのが、僕がこれを耳にした最初でした。もちろん
「なにげ」は「なにげなく」とちょっとニュアンスが違うようですが。ま
あ、言ってみれば「何とはなしに」あるいは「さりげなく」というような
意味合いだと思います。こういう変化は、コミニティがテレビラジオ媒体
によって日本国が一つの単位として動く時代になったからこそ可能となっ
たものです。たびさんが言われる言語に内在する力動性は、失われること
なく、むしろ加速している状態です。その変化のおおもとが東京周辺で起
こっていることは事実ですが、それは「標準語」の力ではありません。
僕は日本語の変化について、かなり保守的であると思っています。しか
し「ら抜き」言葉については、別にどうでもいいと思っている口です。ま
た、新語、造語については積極的に取り入れていく努力をする方です。今、
語彙について神経をとがらせているのはNHKと新聞ぐらいでしょう。
たとえばこの先、各地の方言が次第に失われて行くことは懸念されます。
しかしそれを止める手だてはありません。あるいは失われないかもしれま
せん。いずれにしても、言語は変化をやめないでしょう。
これはまた話の種ですが、僕の知っている限りでは、「きぐるみ」が広
辞苑に掲載されたのは、少なくとも十年前以降、「里山」が掲載されたの
は現在の第五版からです。
そして、「しろつめくさ」の問題を僕が標準の上で述べていると言った
のは、地方による発音の違いは問題にしない上でという意味です。各地方
の発音やイントネーションを否定したのではありません。また、こうせよ
と強要するつもりもありません。
「しろつめくさ」という名はある学者が決めたものです。日本語では、
むしろ「しろつめぐさ」となるのがふつうではないかと僕は思います。そ
れをあえて「しろつめくさ」と表記しているのはなぜか、という疑問の解
釈を述べたわけです。濁らない理由がちゃんとある。それで、マニアのこ
だわりとしては濁ってほしくないと思っていますが、濁っても別に誤りだ
とは思いません。
形容詞の数について
投稿者:
たび@主宰
投稿日:2000年 5月 3日(水)23時47分47秒
*和田さん
はじめの話は、言語に標準があるという考え方に抵抗がある、という話だったのですが。
これは僕が関西での生活が長く、関西弁の豊かな世界に触れて、それが標準語という概
念によって大きな抑圧を受けているという気持ちを強く持っているので、
かなり感情的な発言になってしまったかもしれません。
不快な思いをお感じになったのでしたら、謝りたいと思います
そのうえで今回の話をすると、
英語にも名詞+前置詞という組み合わせで形容詞の働きをする使い方があります。
これは受験英語でみんな苦労するイディオムというやつですね。
そして、使われる前置詞の種類によって全く意味が変わってしまいます。
あるいは動詞が変化して形容詞の働きをする分詞など・・・
前回述べた形容詞の数の話は、そうではなく
たとえば日本語で、美しいという形容詞に対応する単語が程度やニュアンスの違いによ
って何種類もあるという話だったと思います。
もちろん統計的な話なので、サンプルのとり方によって変わってしまうので、三倍とい
うのは大雑把な数字だと思いますが、、、
ともあれ、僕が危惧するのは、「美しい日本語」という概念のせいで、言葉の持つ可能
性が狭められてしまうのではないかということなのです。
ご理解ください
形容詞の数について
投稿者:
和田孝司
投稿日:2000年 5月 3日(水)22時38分23秒
ずいぶん飛躍してしまったようですが、本題の方は少し後回しにして、次の
ことについて。
>日本語というと「ニュアンスの多い、豊かな言葉」というイメージがありますが、
>じつはそうでもありません。形容詞の数などは、英語の三分の一しかありません。
>これは他の東アジアの言語と比べても少ないほうです。
>個人的にはもう少し多様であってもいいかな?と思います。
日本語の形容詞の数が英語に比べて三分の一というのは事実でしょうが、
一語存立の「赤い」「悲しい」しか勘定に入れていない可能性があります。
名詞+助詞「の」「な」の活用による形容が含まれていない可能性がある
のではないですか? 日本語は助詞による活用があるので、形容詞として
明確な形での語彙は少なくてすんでいると考えられませんか?
たとえば
手作り+の
反対+の 反対+な
上品+な
高邁+な
貧相+な
絶対+の 絶対的+な
など、多くの名詞は形容詞として活用します。
あるいは、洋々+たる、堂々+としたなど、助詞による複合的な形容
詞句は日本語では枚挙にいとまがありません。
英語の形容詞を訳出できるのですから、日本語は英語の形容詞に値す
るだけの形容能力を持っていると考えられます。もし概念に過不足があ
るのだとしても、それはお互い様の話です。つまり言語構造が違うので
英語と日本語の形容詞の数を比べるのはナンセンスということになりは
しないかと思います。
re はじめまして
投稿者:
たび@主宰
投稿日:2000年 5月 2日(火)16時20分6秒
こだま荘さん、こんにちは
このたびはいずりんぐへの参加、ありがとうございました
>こだま荘は日帰り温泉入浴も出来ますので、宜しければお気軽にお立ち寄り下さい
いいですね、ドライブがてらひとっぷろなんてのも粋かも(笑)
これからもよろしくお願いします
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