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「恐怖劇場アンバランス」第四話「仮面の墓場」(1973)

 投稿者:Tatanka  投稿日:2017年11月17日(金)23時35分24秒
返信・引用 編集済
  冒頭のシーンで高野浩幸と戯れる少女が、どうやら、この度、亡くなった声優の鶴ひろみらしい。

「アンパンマン」のドキンちゃんや「ドラゴンボール」のブルマの声を担当していた。
 
 

古賀政男音楽博物館

 投稿者:NW  投稿日:2017年11月12日(日)19時38分38秒
返信・引用
  代々木上原にある古賀政男音楽博物館では、毎年日本の大衆音楽文化に貢献した作詞家・作曲家や歌手等を顕彰しています。
その偉業をたたえ、2階にレリーフとゆかりの品を1年間展示します。
今年度は冨田先生他9人が選ばれました。
レリーフの他、展示点数は少ないですが、先生愛用のストップウォッチや自筆の楽譜・トロフィーなどが展示されています。
展示期間は来年9月末までです。

http://www.koga.or.jp/
 

MUTEK.JP 2017

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月27日(金)22時34分52秒
返信・引用
  冨田 勲に捧げる光と音のインスタレーションが〈MUTEK.JP 2017〉に登場
CD Journal 2017/10/27 14:02掲載
http://www.cdjournal.com/main/news/-/77656
 

「新・座頭市Ⅲ」(1979)

 投稿者:Tatanka  投稿日:2017年10月13日(金)23時10分4秒
返信・引用 編集済
  第六話「糸ぐるま」で使われた音楽は「悪名 縄張り荒らし」(1974)のエンディング等でかかっていた曲と同じものと思われる。
「新・座頭市Ⅰ~Ⅲ」(1976~9)でも、「座頭市物語」(1974~5)の冨田勲の楽曲が流用されておりました。
「新・座頭市Ⅲ」は、前作に比べ、少々シュールな作りになってました。
 

東祥高氏のこと

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月12日(木)00時58分1秒
返信・引用
  「東祥高」でサーチすると、Wikipediaをはじめとしてコロンビアなどにも
頁があり、いろいろかかれていますね。
レコードのライナ-ノートには毎回小松氏が寄稿していたとも。
「月の光」に衝撃を受けて、ということも。
 

アニメファン様の疑問について

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年10月10日(火)12時45分6秒
返信・引用
  拝啓 よろしくお願いいたします。まずこの「小松左京」なる人物は、大阪の人間であり地元大阪に非常に思い入れの強い人物でした。自分が知る事は当時、「東よしたか=関西を代表するシンセマニピュレーターの元祖」をかなり力入れて応援していました。これは当時,東よしたかのスタジオと小松の事務所が近く、何かと可愛がってもらっていたと言う証言を「PSY,Sの松浦雅也」が証言しています。更に当時「東のスタジオで高額なフェアライトCMIを導入」する際に、会社組織にする様に東にアドバイスしたのも小松であり、松浦を社長に据えたのも小松の意向?だったのかもしれません。つまり小松左京は「シンセ関連については、と言うより何よりも音楽関連は、東よしたかを中心に考えていた」と思われます。唯東よしたかは晩年、急速に活動の場が狭まりあまり仕事には恵まれなかった様子で、此処が最晩年の瞬間まで良い仕事をしていた冨田勲先生とは違う部分でした。よってまぁアニメファン様のご指摘の様な事は、人情としても言えなかったし言わなかったと推測されますね。現在東よしたかの音楽や仕事はほとんど忘れ去られており、松浦雅也のウィキ等でも触れられていませんが、何かひっかかりますね。何せ東よしたかのシンセスタジオは、ローランドSY700やアープ2600始め、フェアライトCMI、オーディオフレームなど等、総額億単位の機材がうなっていましたからね。この点ではある意味「冨田勲先生を上回っていた」部分もあったのですから。 ある意味残念でした。  敬具  

小松左京:「SF魂」、新潮社

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月10日(火)01時58分28秒
返信・引用
  小松左京:「SF魂」、新潮社 ISBN:978-4-10-610176-2 (2006年7月初版)、
という本の第4章「空前のSF雑誌四誌時代」の中の頁147に1979年の事の中には
冨田氏についての記述は:
--------------------------
  僕はこの年、冨田勲のシンセサイザー・コンサート「エレクトロ・オペラ・in武道
 館」もプロデュース。冨田さんのシンセサイザー音楽とビル・エトラのコンピュータ・
 アニメーションを組み合わせた、日本初のエレクトリック・クロスオーバーショーを実
 現させた。そしてこの時初めて、CGを間近に体験することになった。
--------------------------
とこれだけしか書かれていませんでした。

巻末の「年表」には、
  NHKテレビで「宇宙人ピピ」が放送された件(作曲者に対する言及無し)、
  NHKテレビで「空中都市008」が放送された件(作曲者に対する言及無し)、
 (1979年)「11月 冨田勲のシンセサイザー・コンサート
  「エレクトロ・オペラ・in武道館」の企画構成を(小松氏が)担当」
ということが出ているだけでありました。
うーん。ラジオでの対談の件などはパスか。
 

スポンサー名コール

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 9日(月)13時49分26秒
返信・引用
  「新ジャングル大帝進めレオ」の再放送時には、
本放送時のテーマ曲に含まれていたスポンサー名の
コールの部分がカットされて放送されることが
常でありました。
 

アニメファン様へご教示感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年10月 8日(日)20時29分26秒
返信・引用
  拝啓 ご教示感謝いたします。特に「ジャングル大帝事件」なる騒動があった事等初聞でした。ご存知の通り「手塚治虫先生関連の音楽」では、三木トリローさんはこの一曲のみ度記憶していて、かなりの曲は富田勲先生でしたね。「アトム=高井達男 W3=宇野誠一郎 バンパイア=林光」等はありましたが少数でした。この「三木トリロー」さんはご承知の通り「富田先生の様にバリバリのクラシック正規教育を受けられた方では無く、一応勉強はされた様ですが基本は独学」の様です。特筆は「当初からアメリカンスタイル=メロディーメーカー、アレンジャー、オーケストレーター」等を分業グループ化し、自分自身が責任を持つスタイルでした。おそらく当時のハリウッド等がこうしたスタイルだったと。つまり正直な所何処から何処までがご自身で創られたのか?と。このグループの中で「野坂昭如の様な作家や永六輔、またいずみたくさん、桜井順さん、越部信義氏」等が育ちましたし屋台骨を支えていたと考えられます。この昭和30年代はまさに「トリローグループの全盛期独断場」で、TVレディオ、CM等は大半そうでした。この流れがゆくゆくは「その後につながりかなり長期にトリローグループの影響下」におかれます。例えば?「有名な、曲の最後のスポンサーコール」はまさに三木トリローさんが始めたスタイルで「グリコっグリコっ おわんのマーク味の素」等は有名ですね。今回ご教示頂いた「事件」のそもそもの発端はどうも「全てスポンサーサイド」の都合ですね。こうした生臭い事はよくよくあるらしく、此処が民間企業の辛い所です。しかしある意味、殊更「ジャングル大帝進めレオ」に関しては、何となくサンヨー電気の気持ちが解るのは「安全性と安定性を考慮し、おそらくは富田勲先生ではやってもらえないであろう事を、三木トリローさんに依頼した?」のではと。またトリローさんの音楽は「演歌を絶対的に嫌い、日本的なものを排除し、徹底してノーテンキで聴きやすい解りやすい曲」のみ造ったと居えます。逆に言えば富田先生の様な曲は絶対に創れなかったのです。
当時約35年前、LP5枚組みの三木トリロー全集なるレコードが発売され、その中に「ジャングル大帝進めレオ」が入っていました。しかしこれは富田勲先生のアレンジとは全く異なり、「デュークエイセスのコーラス、アレンジも弦無しのブラスのみ、イントロの簡潔短くて最後のサンヨーコールのみが同じ」と言う、全く違う曲に聴こえます。トリローさんご自身も必ずしも富田先生のアレンジが気に入っていた訳ではなかった?のかもしれませんね。またどうも富田勲先生もこの「進めレオ」の件をあまり快く思われていなかった?感じもありますね。今回のご教示は本当に嬉しく勉強になりました。しかし何より、自分個人としてはやはり「進めレオ」は、富田先生の傑作であり忘れられぬ名曲として評価したいのです。類稀なるオーケストレーション、アレンジの大家としても。また過去取材やインタビューさせて頂いた先生方の「アーカイブスの状況」は、場を改めましてお話させて頂きます。アニメファン様には感謝を。 敬具
 

楽譜はテープはどうなっているのかな

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 7日(土)19時44分38秒
返信・引用
  冨田氏と親しかった作曲家の宇野誠一郎氏(故人)、
二人は個人レッスンでの同じ先生の弟子であった。

また、両者ともにNHKの番組の音楽を作る仕事が多く、
何かによるとある時期、宇野氏はNHKの音楽の6割を
一人で作曲していたというほど、某大な作業をこなして
おられた。(たとえばNHKの「ひょっこりひょうたん島」は
平日の15分間番組であったが、毎日の放送のために
BGMの曲、歌のメロディを書きまくってようです。冨田氏
も同様のことをしていた。)

しかし、手元の大量の楽譜も処分されたという。

冨田氏のスコアはどれほど保全され残っているのだろうか。
(紙の時代なら、かさばってどうにもならなくても、
今の時代なら、高精細の大判のデジタルスキャナーで
デジタル画像としてしまうことが可能ですが、テレビや
映画などの業務として作成した楽譜の物体としての所有権や
権利は、おそらく会社に属するものなのでしょうか。
であれば、返却されずに、放送作品が完成した時点であるいは
放送期間が終了してしばらくすると、NHKの番組のものも含めて
紙のゴミとして廃棄されたのかもしれません。)

NHKの番組の多くは大河ドラマも含めてVTR録りの時代の
作品は、みなテープを上書きして消えていってしまった。
フィルムで配給する映画、あるいは製作がフィルムでしか
できなかったアニメーションは、かろうじてフィルムとその
フィルムに焼き込まれたサウンドトラックが残った
(光学録音は音質が悪く、経年変化でさらに
悪くなりしかもモノラルだけれども)。

虫プロのアニメのための音声が入らない四分の1インチの
オープンリールのテープは、おそらく保管状況がよければ
フィルムの光学録音よりもずっとずっと音が良いです。

しかし、虫プロの音響監督であった田代敦巳氏の作った会社
グループタックの解散と本人の逝去で、マスターテープも
残っていないような気もします。

冨田氏がされた膨大な仕事の中でも、ジャングル大帝のBGM、
リボンの騎士のBGMは、すばらしいものが多く、ソノシートや
レコードに採録されたハイライトの部分だけではその魅力を
到底語り尽くしたことにはならないのです。
 

ジャングル大帝主題歌事件

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 7日(土)19時23分21秒
返信・引用
  ジャングル大帝主題歌事件  投稿者:アニメファン  投稿日:2013年 3月27日(水)21時09分25秒
http://6715.teacup.com/t_ph/bbs/640

こちらの方が詳しく書いていました。
 

「ジャングル大帝事件」。三木鶏郎の音楽

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 7日(土)19時12分50秒
返信・引用
  ここに、ジャングル大帝(虫プロ版)の放送初期の音声を
オープンリールテープで録音したものだと思われるものが
上げてあります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ジャングル大帝」 OP曲、ED曲
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17566306
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただし、アップロードした人は、二つ目の曲がEDだと思った
ようですが、それは違うと思います。
その二つ目の曲は、本来ならばOPの音楽の演奏が終わった後に
時間的に間をおかずにスポンサーのサンヨー電気のCM時間枠を
使って流された別の(子供向け)OPとでもいうべきものです。

三木鶏郎氏と手塚氏は個人的に親しかったか、少なくとも話が
できる間柄であったと思われます。三木氏は広告音楽の王様と
もいうべき存在であった。
 三木鶏郎が司会を務めていたフジテレビの番組「スター千一夜」
の1965年10月16日放送回では、組中、司会の三木鶏郎とともに
アニメのアトムと手塚治虫が「対話」する(アニメフィルムとの
合成画像による)場面がありました。(そのアニメのアトムは
虫プロで独自に5か月をかけて制作されたもの)。


本来の冨田氏のジャングル大帝OPの後に、三木鶏郎作曲の
音楽(応援歌ともいうべきもの)が、スポンサーの意向で
ほとんど間を開けずにくっついて放送されてしまった件は、
虫プロの中では「ジャングル大帝事件」などと呼ばれて、
ゴタゴタがありました。当時のその事件のことは、たしか
山本映一氏の著書中、辻真先氏のWEBなどにも書かれていました。

ただし両氏の回想には、スポンサーがそのようにしたという
ことが書かれていただけでした。手塚氏が当初は冨田氏のOPに
対して難色を示していたという近年の冨田氏の回想談のような
記述は全くありませんでした。

冨田氏が譲らなかった(作曲の変更をしなかった)ので、
スポンサー単独の判断でもなくてスポンサーと手塚氏が相談
の上で広告音楽の大御所に「応援歌」を付ける依頼をした
という可能性はあり得ると私は思います。

なお、サンヨー電気は広告宣伝用あるいは拡販用の景品などと
して、レコード(ソノシート?)も出していたりしたようですが、
それには三木鶏郎作曲の音楽も収録されていたようです。

結局放送番組「ジャングル大帝」(1年間52週)に引き続いて
放送された「新・ジャングル大帝、進めレオ!」(半年26話)
のOPは、サンヨーが三木鶏郎氏に依頼して作曲して貰った曲の
冨田勲編曲版ということになっています。

冨田氏は、たぶん「事件」の時に、あれが自分の曲だと受け
取られるのは迷惑だなと感じたか、あるいはそのような主張を
周囲にしたのであろうと私は思うのですが、結局製作側も
スポンサーの意向には抗えずに、結局そういう事態になってしまった。

おそらく多少なりとも屈辱感や不快感があったのではないかと想像
いたします。であるためか、この三木作曲冨田編曲の音楽については、
その後(自分が知りうる限り)何も語られず、また自分の名義の
入ったCDにはその曲は(放送当時を別とすれば)入れて居ません。










 

武者様へ コメント感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年10月 7日(土)16時11分2秒
返信・引用
  拝啓 コメント感謝いたします。自分が以前から感じていた事は「自分の周囲に優秀なスタッフが居た方」に保存状況が良い様に思えます。音楽関連ですとまず筆頭は「三木トリローさん」(新ジャングル大帝進めレオの作詞作曲など)で、ご自分のアーカイブスはほぼ完璧で優秀なスタッフやブレーンがついていました。また何よりご本人自身がアーカイブスに興味が無い方も多く、自分も以前かなり取材やインタビューして驚かされました。何と譜面すら無いっと言う先生方も多かった。武者様が言われる素材=テープは、自分が知る限り(富田先生が新スタジオにムーヴされた1982年頃のインタビュー記事)月の光以後は「8トラックで保存=おそらくはタスカム80-8」と推測ですが、既にこのデッキで国内で完動するのが何台あるか? また運良く数百本あるであろうテープを例えば「プロツールズ等のHDRにパラレルアウトでムーヴ」しても、おそらく全く同じ音にはならないでしょうね。此処にアナログとデジタルの差があると。ご希望はハイレゾですが、正直このハイレゾってぇのも何処まで本当なのか?疑問なのです。また武者様は「テープの劣化」をご心配ですが、自分の約40年くらい前のB-1テープは、保存状態さえ良ければ現在特に劣化は観られません。湿気と高熱ですね大敵は。富田勲先生がご自分のアーカイブスをどう考えておられたのか?此処から考えていく必要が急務ですね。 また今回たまたま「三木トリローさん」が出ましたが、この「進めレオのテーマ曲」は、前作のテーマ曲がもろにクラシックスタイルで重すぎた?と手塚先生側で感じた? またはレオの少年時代を描いた為か 当時からこの手のアニメにヒットを飛ばした三木トリローさんが人選されたと。しかし大切な事は「富田先生の素晴らしいアレンジ」があったればこその名曲と。まず当時のトリローさんのグループでは(大御所に越部信義氏などが居たが)疑問で、あの雄大ファンタスティックでコード進行やオーケストレーションに工夫をこらした富田先生の素晴らしいアレンジが無ければ成り立たなかった曲なのです。最後のサンヨーコールは三木トリロー独断場ですからね。アレンジャーとしても富田先生は素晴らしかったのです。また「奥村土牛」聴かせて頂きましたが、これはどうも一聴して富田先生のサウンドでは無い?と思いますが。当時喜多朗さんやバッハレボリューション、チト河内、他様々な人が同じような感じのサウンドを作っていましたので。何か情報つかめましたらまた御報告いたします。今回は色々有難うございました。 敬具  

Re: 皆様のご教示に感謝を

 投稿者:武者  投稿日:2017年10月 7日(土)02時05分50秒
返信・引用
  > No.1573[元記事へ]

大石良雄さんへのお返事です。

アルバム発売当時のマスターをそのまま(マルチchもそのまま)ハイレゾファイルかSACDでリリースして
ほしいですね。

--------------- 話題を変えて ---------------

当時のテープは経年劣化しているものがあり、苦労してバックアップを作っていらっしゃっていたようですが、
どこまでサルベージ出来ていたのでしょうかね?気になります。

音楽関係の方々は作曲家、作詞家など個人ベースの活動が多いようなのですがなぜなのでしょう。個人でできてしまうからなのかな?

先日NHKの「探検バクモン」で横尾忠則さんの回がありましたが、でっかい事務所でスタッフがせっせと横尾さんの
過去の作品の整理、保存をしていました。
言わずもがな、手塚治虫さんも手塚プロの会社組織で作品が管理されています。
横尾さんもそうなのかと驚きました。

冨田さんの作品も何とかならないものかな。
 

Re: NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:武者  投稿日:2017年10月 7日(土)01時10分56秒
返信・引用
  > No.1572[元記事へ]

Moogさんへのお返事です。

> 武者さんへのお返事です。
>
> 何か喜多朗みたいな雰囲気の部分もありましたね。


そう!やっぱり気づきましたか

番組を見ていて、
『ちょっと冨田さんぽいな? ん?あんまり聞いたことのない曲だな?
あれれ喜多郎っぽいものも混じってきた』
って感じで、曲の担当はどなたかなと思ってスタッフクレジットまで見ていましたが、
お名前が無く、頭の中が?????でいっぱいになりました。
 

皆様のご教示に感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年10月 6日(金)11時12分3秒
返信・引用
  拝啓 何時もご教示有難うございます。この際様にと訪問される皆様の知識と情報収集能力には驚きです。感じたのは「過去の旧作に興味関心のある方 初音ミク等の晩年最新作に感心のある方」と。自分等はかなり前者なのですが、結論として「富田先生は過去から、常に安定路線を既習せず最後まで冒険していた」と。唯とても残念なのは「作品の音質を大変重要視され、晩年一部のメーカー相手に訴訟沙汰?」があった事。主因は「発売メーカーがオリジナルに拘りかなり音質の悪いテープ採用で発売した」事。しかし自分たちの様なオリジナルマニアにとっては、再録音やリメイクはメロディーを知る以外は全く意味をなさないと。オリジナルとは?「例えば全てアナログAAA モノラルも多く演奏ミスや不手際も目立つ」かもしれない、、、しかし当時のベストを尽くし「当時の周囲の状況全てを知っていたのがオリジナル」です。殊更音質云々を言うなら「現代の技術なら、我々アマチュアでも相当異常な音質画質の改善や向上技術は持っている」はず。まず当時の富田勲先生のそのままの形=オリジナルでの形を聴きたいのです。今こうしてこのサイト様で様々なようつべ等をご紹介頂き本当に感謝です。しかし聴けば聴くほど富田勲先生は凄かったのだと改めて認識させられました。敬具  

Re: NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:Moog  投稿日:2017年10月 5日(木)20時19分17秒
返信・引用
  > No.1571[元記事へ]

武者さんへのお返事です。

何か喜多朗みたいな雰囲気の部分もありましたね。
 

Re: NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:武者  投稿日:2017年10月 4日(水)23時37分56秒
返信・引用
  > No.1568[元記事へ]

Moogさんへのお返事です。

> 武者さんへのお返事です。
>
> これでしたら冨田先生ではないと思います。デジタルシンセですが
> 音が違うと思います。鐘の音も冨田先生ではなく、どちらかというと
> DX-7系の鐘ですね。

さっそくのご連絡をありがとうございます。
そうです。その動画の番組です。
YouTubeにあがっているとは思いませんでした。

鳴っている音が簡素なのと、曲があまり聞かないようなところが気がかりでした。
別人ですか。
スタッフクレジットに名前が無かったのもそのためかもしれませんね。
 

虫ん坊 2017年10月号、特集1:手塚治虫×冨田勲×初音ミク

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 2日(月)05時47分38秒
返信・引用
  虫ん坊 2017年10月号  (No.00187)
特集1:手塚治虫×冨田勲×初音ミク

クリプトン・フューチャー・メディア 佐々木渉さん インタビュー
http://tezukaosamu.net/jp/mushi/

注:URLの先は月が変わると別のものになります(過去記事になる)。
 

Re: NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年10月 2日(月)05時03分25秒
返信・引用
  http://www.tvdrama-db.com/detail_search.htm
テレビドラマデータベースで音楽を冨田勲を指定して検索しても
出てこないからたぶん違うのか、NHKの番組の多くがそうである
ように、少なくともクレジットタイトルには名前が出ていない
のだろうと思います。より詳しくはNHKのデータベースを
調べないと。
NHK特集でテレビドラマデータベースを検索して出てくるのは
ザ・ディ その日~1995年・日本
の第1回、2回、3回、4回、5回、6回、8回だけ。
 漏れが無いとは思えませんが。

辻真先氏が演出補佐だった作品:
ーーーーーーーーー
NHK テレビ劇場「狐の初恋」
放送1958年1月10日(金)20:45-21:30(単発)
演出補:辻 真佐喜(辻 真先)
音楽 冨田 勲
ーーーーーーーーー
も出てきます。

テレビドラマで音楽を担当した最も古い記録は

放送局:KRの「特ダネをにがすな!」
(1956年10月19日~1959年5月29日、金曜20:30-21:00)
のようです。

(あくまでも関東地域のキー局による放送の記録です)
 

Re: NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:Moog  投稿日:2017年10月 1日(日)16時53分28秒
返信・引用
  武者さんへのお返事です。

> NHK特集「百歳の富士 奥村土牛」(1989年)の音楽がどうも冨田さんっぽいんですけど・・・
>
https://m.youtube.com/watch?v=03_zjUTr82g

これですかね?

これでしたら冨田先生ではないと思います。デジタルシンセですが
音が違うと思います。鐘の音も冨田先生ではなく、どちらかというと
DX-7系の鐘ですね。
 

NHK特集 「百歳の富士 奥村土牛」のBGM

 投稿者:武者  投稿日:2017年10月 1日(日)01時22分1秒
返信・引用
  NHK特集「百歳の富士 奥村土牛」(1989年)の音楽がどうも冨田さんっぽいんですけど・・・

NHK総合「あの日 あのとき あの番組 百歳の笑顔 百歳の執念 ~きんさんぎんさんと奥村土牛~」(本放送9月17日。地方では9月30日再?放送)
の中で、”きんさんぎんさん”のコーナーをちょっと見ていたら、次の奥村土牛のNHK特集コーナーに変わったところで
聞いたようなシンセサイザーの音のタイトル曲。
なんとなく冨田さんぽいなーとそのまま見続けていたんですが、ところどころ流れるあまり聞いたことが無いBGMの中に
”コーーーン”というあの鐘の音!
その後も特徴的なシンセサイザーのサウンドが流れてきました。

ただ、最後のスタッフロールにも音楽担当者の名前は残念ながら書かれていませんでした。
インターネット検索をちょっとしてみましたがヒットしませんでした。

再放送があったら是非見てみてください。(NHKアーカイブスでもいいと思います。)
1989年というと、サウンドクラウドが終わってひと段落ついたところみたいですね。
 

Re: 手塚ミク展【2017年9月23日(土)トークショー】

 投稿者:武者  投稿日:2017年10月 1日(日)00時28分2秒
返信・引用
  > No.1565[元記事へ]

アニメファンさんへのお返事です。

> 手塚ミク展【2017年9月23日(土)トークショー】
> 於宝塚市立手塚治虫記念館
>
> 第71回企画展 冨田勲生誕85周年・初音ミク10周年記念企画
>  「初音ミク×手塚治虫展-冨田勲が繋いだ世界-」
>
> 予定が立たずにどうしても行けなかったトークショウ(対談会)ですが、
> ブログがありました、3頁目ぐらいからの内容が核心の部分です。
>

情報をありがとうございます。
リンク先を見て一瞬どんなページ?とよく分かりませんでしたが、イベントに参加したたくさんの人が
つぶやいたことをつなげたものなのですね。

それぞれちょっとづつですが、なんとなくイベントの雰囲気が分かるものなのですね。
イベントの内容が文字に起こされることは今までもほとんどありませんが、こういった方法もあるんですね。
お客さんがイベント最中でもスマホで書き込んでいるなんて実に今風ですね。
 

手塚ミク展【2017年9月23日(土)トークショー】

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月27日(水)00時57分18秒
返信・引用
  手塚ミク展【2017年9月23日(土)トークショー】
於宝塚市立手塚治虫記念館

第71回企画展 冨田勲生誕85周年・初音ミク10周年記念企画
「初音ミク×手塚治虫展-冨田勲が繋いだ世界-」

予定が立たずにどうしても行けなかったトークショウ(対談会)ですが、
ブログがありました、3頁目ぐらいからの内容が核心の部分です。

(対談録をきちんと文字で起こした公式のものがどこかから
 出版・公開されないものだろうかと期待するのですが、
 以前に宝塚記念館であった冨田氏+手塚るみ子の講演会の
 対談録も出ていないからやはり期待できそうにありません。)

https://togetter.com/li/1153837?page=3

以下抜粋:
---
服部(日本コロムビア):NHKのテレビで初音ミク特集を見て、
初音ミクを使いたいと言って、連絡先を探した。
トシさんという宮沢賢治の亡くなった妹に対応
する存在が欲しかったと考えていて、それに合致した。
木村カエラの名前も挙がっていた。急遽、初音
ミクを使うことになった。
----
服部:なにぶん前例の無いことで、上演直前まで、
トラブルもあった。プロデューサー気質の冨田さんが、
なんとしてもやるんだとスタッフを引っ張った。
----
スコア表には楽器の欄に初音ミクと書いてある
スコアに固有名詞が刻み込まれることは異例
----
服部:クラシック史上無い話として、オーケストラの
スコアの一番上に「初音ミク」というパートが書いてある。
普通は、声質が書かれる事はあっても、歌手の名前が
書かれる事は無い。
----
冨田勲先生が最初にコンタクトを取ったのは、村井さん。
----
伊藤(クリプトン社);冨田さんが見ていた番組は
2012年2月28日の(NHK)クローズアップ現代 iPhoneで今調べた
----
伊藤:2/28にNHKの特番があったあと、
3/9にミクの日大感謝祭の2日前、3/7に冨田さんに出会った。
----
3月にあった初音ミクの某コンサートの前日に
都内で冨田勲先生と偶然お会いした
(とおもったら実は仕組まれた出会いだった)
----
冨田さんと伊藤さんの出会い:
  伊藤:スタジオで偶然に冨田さんと会った。
  服部:冨田さんを伊藤さんに会わせようと段取りしてた。
  伊藤:今知りました。
----
冨田御大がMI7の社長にセッティング頼んだ説を持っていたが、
服部さんから裏付けの発言で確定になった
----
伊藤:イーハトーヴで 初音ミクを演奏に合わせるのは
当時としては至難、MMDでやればなんとかなるなと思ってた
----
伊藤:ポップスのコンサートとは違って、クラシックのコンサートは
テンポ制御が必要。冨田さんから相談を受けた頃、MIDIでMMD制御する
研究をクリプトンでやり初めていて、それを使えばできるんじゃないか
と考えて、やることにした。
----
伊藤:冨田さんが2月28日に番組を見て、3月のコンサートに冨田さんを
招待して イーハトーヴの初演が11月、実質8ヶ月しかなかった。
----
手塚るみ子:イーハトーヴ交響曲の演奏会に招待されていたが、
アンコールで「リボンの騎士」を演奏してびっくりして感激した。
本当に事前に何の連絡が無かった。
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アンコール曲がリボンの騎士だったのは本当にサプライズで
手塚るみ子さんも日本コロンビアの担当者も知らなかった
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イーハトーブのリボンの騎士は、コロムビア服部さんはおろか、
手塚プロにも話を通していなかったwww
伊藤社長:「権利処理だおうやったんだろうと…」
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手塚るみ子:冨田さんはびっくりさせるのが好き?
イーハトーヴのアンコールで初音ミクがリボンの騎士を
歌うことを知らされていなかった (版権的には微妙だけど)
でも感動して泣きました
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服部:アンコールでサファイアが出て来た理由は
「リボンの騎士のサファイアと初音ミクはピッタリでしょ? (冨田さん 談)」
----
....
以上。
===================================

一応「初音ミク」は公式には楽器(ソフト)なのだから、スコアには
楽器名として書き込まれていても別段不思議ではありません。
(むしろ歌詞中に名前が出ていることが、未来の演奏ではどうなって
しまうだろうかという問題を含んでいます。)

なお、イーハトーブ交響曲の初演は演奏と初音ミクの同期システムは、
技術が未完成だったために、実際には採用できていませんでした。
初演はキーボーディストの篠田元一氏の超人的技巧によりタイミング
を作り出してサンプルされた歌声の断片を送り出すことで演奏指揮に
合わせていました(初演のときだけです)。

今もまだ技術は完全では無いと思います。(指揮者以外の人間が
裏でタイミングを与えるための一種の指揮をしているようですが、
自動同期システムじゃないから人間側が気を抜くと、簡単に失敗する。)
絵の方はリアルタイムで合成しているのではないから、曲のテンポが
想定している範囲からかなり変動すると、映像のフレームをパッと
飛ばして遅れを取り戻すなどの動作をするためにアニメーションの映像
には乱れが生じてしまいます。


冨田先生自身は木村カエラの名前が候補に挙がっていたなどのような話は
ある意味失礼な話になるので、公にされたことは無かったでしょう。
「誰にしようかなと思っていたところ、、、」という話はありましたが。
 

HiVi 10月号  初音ミク Sings “手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で”

 投稿者:武者  投稿日:2017年 9月24日(日)23時44分47秒
返信・引用
  現在発売中の「HiVi」2017年10月号に「初音ミク Sings“手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で”佐藤允彦 meets 初音ミクと歌う仲間たち(w/ 重音テト)」が
見開きで紹介されています。p.82-83
オーディオ、映像に関する雑誌なので、そういった観点からの紹介になっています。

https://store.stereosound.co.jp/products/detail.php?product_id=2660
 

YouTubeから

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月17日(日)19時21分41秒
返信・引用
  -------
昭和28年6月(発売年) 曲名:蝶々のバレエ(作詞、作曲:冨田勲)
歌:安田祥子、内田貴美江 昭和28年、
https://www.youtube.com/watch?v=XaGav0o1wwA
> 私の母(内田貴美江)が子供の頃、 ひばり児童合唱団にいた頃に
> 録音した 貴重なレコード音源です。 今は亡き冨田勲さんの作詞作曲です。
> 当時は大学生でアルバイトで曲を作っていたそうです。
-------
07 交響詩『ジャングル大帝』より 終曲:アフリカが見えた! / 冨田勲/橋場信昌
https://www.youtube.com/watch?v=9WzipuOMNHU
>旭川ジュニア吹奏楽団 第40回定期発表会 第3部 OBステージ 2017年4月2日 旭川市公会堂
--------
うさぎさんがきてね別角度ver |リズム遊び・劇・歌|誕生会|高階幼稚園@川越市・ふじみ野市
https://www.youtube.com/watch?v=oiXwo1d2FYQ
--------
 

「おこん(狐)の初恋」

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月10日(日)22時20分45秒
返信・引用
  CDアルバム「初音ミクSings」の 第9トラックで、NHKの放送作家(脚本や企画)だった辻真先氏が

  「おこん(狐)の初恋」(1958年1月10日、単発、NHK)※テレビミュージカル、音楽:冨田勲。
    http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-1289
   (同年7月には音楽米山正夫で東映映画「おこんの初恋 花嫁七変化」も公開されてます。)

の製作時のことについてと思われる述懐をしています。
当時は、放送用VTRによる録画はなかったかも。フィルム撮りをしなければ生放送ですね。
楽団の指揮は冨田さん自身だったのでしょう。この音楽の録音テープなど残っていないのかな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[前略]

辻:僕は昔、テレビ放映が始まった頃のNHKに居てね、プロデューサーやディレクターを
  勤めていたんだ。お二人(注:手塚治虫と冨田勲)とはその頃からのお付き合いなんだよ。
  冨田さんにはドラマの音楽をお願いしたんだけど、最初は時代劇でそれも狐と人間が
  恋に落ちるというファンタスティックな物語だった。

……

辻:作者からの注文で、邦楽をアレンジして欲しいというんだね。

……

辻:それで、僕が冨田さんに三味線のお師匠さんを紹介したんだ。するとさすが冨田さん、
  たちまち邦楽に精通して素敵な曲ができたので、みんな大喜びしたんだけれどぉ、

……

辻:冨田さんて凄い凝り性のアーティストだもんで、書いても書いても曲が自分で
  気に入らない。いよいよスタジオで曲を録音する段階になってもまだ気に入らない。
  ステージには東京放送管弦楽団が勢揃いしているのに、指揮台に上がってまだ考えてい
  るんだ冨田さん。

……

辻:「ちょっとまって」冨田さんそう言ってね、指揮台を机代わりにして立ったまま
  編曲の譜面をいじりだした。

ミク:う、まぁー。辻さんそのときどうしていたんですか?

辻:どうもこうも、ただ、おろおろしたけれどさぁ、でも楽団の人たちはプロだよね。
  冨田さんが直している間、全員黙って待っていて呉れた。冨田さんは冨田さんで、
  僕のことなど知らん顔だよ。ただもう一心不乱にペンを走らせてるんだよ。楽団を
  丸ごと待たせていることさえ忘れきって。その横顔を見ているうちに僕は呆れるより
  感動してしまった。物を作り出すってこういうことだ、よく分かった。音でも絵でも、
  何も無いところから新しいものが生まれるのは、こんな瞬間なんだ。わかるだろう?

[後略]

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










 

新日鐵アワー・音楽の森 ゲスト:冨田勲

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月 8日(金)21時53分56秒
返信・引用
  <音楽の森> FM東京 G : 冨田 勲さん
https://www.youtube.com/watch?v=k66jTxdTTg0
# この音楽の森の放送日時はいつでしたか?
番組のオープニングは
>冨田勲編曲・演奏のシンセサイザーによる「アラベスク第1番」
>(ドビュッシー作曲)ならびに「鳥」第5曲「郭公」(レスピーギ作曲)のテーマ曲が流れる
>中始まった。


---------------------
【冨田勲氏の名機】TOMITA MEMORIAL MUSEUM 楽器フェア2016
https://www.youtube.com/watch?v=ggT7CDbuyY4

楽器フェア 2016 冨田勲 メモリアルミュージアム
https://www.youtube.com/watch?v=48AW3DNgoX4

楽器フェア 2016 冨田勲 メモリアルミュージアム
https://www.youtube.com/watch?v=LTZslNFdLnI
--------------------
 

サイトヘッド様、ご訪問の皆様に感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 9月 8日(金)11時22分2秒
返信・引用
  拝啓 皆様方の素晴らしい情報には心より感謝いたします。特にアニメファン様の「昭和15年の富田博士の物凄い研究」これは全くの初耳初見で、自分が産まれ落っこちた18年も前」にこんなとんでもねぇ研究をされてしかもこれだけの結果を出されていたとは、、、、久々感涙に咽び泣きましたよ。日本人ってぇ偉いんだなぁっと。確かにaruga様からのご指摘の様に、例の二枚組みアナログレコードが出た際に、直ぐに飛びついて買いましたが、正直「肝心な事が解らなかった、一番重要な点が抜け落ちて」いたのです。例えば?このコーラスの部分ですが、ご指摘の通り「メロトロンはテープが約8秒程度で止まり元に戻るまでにコンマ数秒かかり」ますが、リックウェイクマンなどはステージで2台のメロトロンを使う事で音を伸ばしました。自分が当時一番知りたかったのは「コーラスの制作過程の謎と、複数のテープデッキの使用と役割」でした。ソニーの4t、ティアックの8t、アンペックスの4t/16t 当時は一番手間のかかるストリングス弦の音を最初に創るのが基本とされました。これは当時現在の様に各部を自由にシンクロ同期出来なかったので、どうして各部のデッキを使い分けたのか? また2tマスターは本当にティアックの2tだけだったのか? とにかく富田勲先生利製作過程には謎が多いのです。当初は「月の光」等はオタリの8tが使われていたってのはかなり後から解った事出したから。此処でサイトヘッド様、ご訪問の凄い皆様方なら何か答えが見つかりそうですが、、、デビュー作 TBSブリタニカの依頼でモノラルで創られた名作「銀河鉄道の夜」の中でも、実は「コーラス?」が聴けますよね?(Cハ長調として=レードレミー、ミドレミソー、、、、」の部分ですが、良くお聴きになってみてください。当時どうやってあの音を創られたのでしょうか、、、、、   敬具
 

冨田先生の音作り

 投稿者:aruga  投稿日:2017年 9月 8日(金)01時00分28秒
返信・引用
  冨田先生の音作りの秘密は、2枚組LPレコード
「ベスト・オブ・グレート・アーティスト 冨田勲の世界」で、音声と文章で詳しく解説があります。
CD化されていませんので、今聞ける機会あるかどうか。

メロトロンを使ったコーラスの解説もあり、MOOGと組み合わせてアタックをなめらかにしただけでなく、
メロトロンは数秒しか音が持続しないので(テープが短いので)、
マルチトラックレコーダーの2つのトラックに交互に録音して音をつなげ、そのつなぎ目を、
エコー処理などで全くわからないようにしたり、とにかくすごい事やっています。

ネット検索しても、あまり詳しい情報見つからないのですが、私が作ったページ
http://aruga.my.coocan.jp/bunka/record/sekai.html
に、このレコードの紹介はありますので、もしよろしければ見てください。
(もう20年も前に作ったページですが・・・)
レコードでは A面(side1) (d)バック・コーラスの音声 メロトロン-無定位の拡がり」にメロトロンの解説があります。
(といってもWebのページに音声や、その解説の文章はありませんが・・)
 

人声の電子合成技術と冨田家

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月 7日(木)23時15分38秒
返信・引用
  ーーーーーーー
神戸新聞 1940.7.25 (昭和15)
>「人工で“人間の声”学童そっくりの言葉を出す 音響学会の五氏が成功」
> http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00724131&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

これは実になんという予言的な記事でしょうか。
ーーーーーーーー

冨田恒男博士は冨田勲の祖父か叔父にあたる人であるはずです。
人声の電子合成技術の開発は、実に世代を超えた試みであったの
かと思うと、そのことには胸が熱くなります。

またこれは私の想像ですが、そのようなことをかつてしていた
という話を博士から上京時に昔話として聞かされたことが
あったのではないかなどとも思います。

また、神経の生理学に関する基礎研究業績は、仮に時代的な背景が
違ったならばノーベル生理学賞にもなり得たのではないかと思えも
するのです。
 

武者様へ 大変な情報感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 9月 7日(木)13時56分23秒
返信・引用
  拝啓 武者様には大変な情報感謝いたします。自分がたまたま存じております少事は「過去、人声が出せるシンセが出来たらそれが完成形」と。昔のアナログシンセでも「何とか擬声音=あくまで母音のみ あいうえお」程度は出せた様です。しかし今日それから40数年経過しデジタルになろうとも人声は出ない。これを補う為か? ワルター(ウェンディ)カーロスが改良した?と言われるヴォコーダーが出ましたが、これとてコーラスはかなり良くなってもモノフォニックは駄目でしたね。記憶では富田先生は惑星の際に「コーラスは、モーグは縦の動きであり、横の動きはメロトロンで補った」と。此処でその推測は「ご承知の通りメロトロンはああ言う極めて複雑なアナログ構造であり最初の出だしも不完全 此処をシンセのインターフェイスを使いモーグのVCAを働かせてADSRや音質を調整した」らしいと。此処で「武者様の言われた極めて重大な事」が活きて参りますね。つまり「メロトロンのテープは交換が可能で、既成のメーカー品テープでは無くて、富田先生が独自に発注された特注テープ」では無かったのか?と。つまり混声合唱の人数を増やしたり、フォルマントをもっとはっきりさせたり、富田先生の希望通り」のコーラスを実現させたのではないか?とも思えるのですが。いやもしかしてもっと「真に迫る何か?」が行われたのかもしれませんねぇ。実は当時、同じメーカーのメロトロンでも「リックウェイクマン等が使用したタイプとは、何かコーラスの音が違う?」様にも感じておりましたが。しかしあの当時、本当にアナログだけの世界であれだけの「とんでもねぇ作品」を創造された富田先生って、やはり後にも先にも決して追い抜くことは出来ないでしょうね。武者様には感謝し。これからもご指導ご教示お願いいたします。  敬具  

Re: 話が核心に迫って参りました。

 投稿者:武者  投稿日:2017年 9月 6日(水)22時10分0秒
返信・引用
  > No.1552[元記事へ]

大石良雄さんへのお返事です。

> 自分がひとつ疑問でしたのは「富田先生が晩年、初音ミクと言う極めて不完全なVRに何故これほど興味関心を持たれたのか?」なのですが、終ぞ解りませんでした。

冨田さんはシンセサイザーの音作りを行う中で、シンセサイザーに歌わせようとしていらしたようで、『惑星』などで「パポ、パポ、・・」と歌わせておられます。
もっときちんと歌わせたかったようで、対談番組などで「結局パ行しか出来なかった」と述懐されていらっしゃいます。
ずっと心残りだったのかもしれないですね。NHKの番組で初音ミクが紹介されているのを見て”これだ!”と採用を決められたそうです。
私もヴォーカロイドは生の(人の)ボーカルの代わりに使えるレベルにはないと思っていまして、初音ミク起用の話を聞いたときは”本当に使うの?”と疑問でした。

でも用途次第なんでしょうね。巷には曲によっては人の声をわざと加工して使用する場合もありますから。ボコーダーはまさにそうですよね。
そういった用途では、あのたどたどしさがピタッとはまるのではないでしょうか。

ちなみに『惑星』のコーラスはどうやらシンセサイザーでは無く、人の声を使用されているようです。
松武さんとの対談で、松武さんの「コーラスをどうやって作ったのですか」との質問に、「うーん、人の声っぽいねー」とはぐらかしながら答えていらっしゃいました。
そんなことからもいろいろ工夫しながら人の声をシンセサイザー作品の中に組み入れていったことが偲ばれます。
 

RealSound記事:「冨田勲×初音ミク」

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月 6日(水)22時02分4秒
返信・引用
  RealSound記事:「冨田勲×初音ミクが描いた“手塚治虫の未来像”
コラボ作の古くて新しい不思議な質感に迫る」
 https://realsound.jp/2017/09/post-106202.html
 

「ミツコ・二つの世紀末」(1987)

 投稿者:Tatanka  投稿日:2017年 9月 6日(水)19時49分28秒
返信・引用
  1972年、吉永小百合は「国境のない伝記」の取材のため、ヨーロッパを訪れた。当時はまだ、青山みつ子の娘も生きており、青山みつ子を知る日本人も生存していた。

その15年後の1987年、NHK特集「ミツコ・ふたつの世紀末が放映された。

さらに15年後の2002年、NHKアーカイブスで「ミツコ・ふたつの世紀末」が再放送。きっかけは、EUの通貨ユーロの導入だった。

さらに15年後の今年、「ミツコ」の録画テープを再生してみました。冨田勲の作品の中でも「ミツコ」のテーマほど、エンディングに独特の哀愁を漂わせた作品を他に知りません。

「ミツコ」本編を観ていると、決してCDカットされることのない、かくれた名曲も聴こえてきます。ミツコの孫の画家ミヒャエルの作品に添えられた曲は、まさに逸品です。

吉永小百合も日活時代とはうって変わって、数々の冨田作品をバックに演じて来ました。「国境のない伝記」「ミツコ・二つの世紀末」「千年の恋」「かあべえ」「おとうと」
 

三次元空間音場再生

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 9月 5日(火)12時45分25秒
返信・引用
  これは先春2017年4月29ー30日に行われた「超歌舞伎」で最前列の客席を
とり囲むように設置された、三次元の空間音場を作るための多数の
モニター用スピーカーの並んだ画像です。いまはデジタルだから、
マルチチャンネル再生の数は事実上無制限ですね。どのぐらいの時間分解能で
それぞれのチャンネルスピーカーが波面を構成できるのでしょうね。


http://tweetiz.com/marok_273/tweet/858194138075848704
> そしてこのおびただしいほどのGENELECスピーカーの数は
> 後にも先にもここ以外ではもうお見かけしないでしょう
> (この量があと4セットくらいある) #超歌舞伎
 

話が核心に迫って参りました。

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 9月 1日(金)13時03分50秒
返信・引用
  拝啓 さすがにこのスレッドはレベルが高いと。勉強させて頂いておりますが、自分がひとつ疑問でしたのは「富田先生が晩年、初音ミクと言う極めて不完全なVRに何故これほど興味関心を持たれたのか?」なのですが、終ぞ解りませんでした。ヴォーカロイドは開発当初から知ってはおりましたが、どう転んでも不完全です。自分の様に「例えば歌入りデモ音源を造って売り込もう」としても、過去歌ってくれる者がいなかった、、、せいぜい飲み屋の姉ちゃんや元ネェ程度。こうした連中は「染み付いた臭みは絶対に抜けない」為に、泣く泣く諦めた事がほとんどでした。これを解決できる唯一の手段として物凄く期待したヴォーカロイドでしたが、使い物になりませんでした。確かに初音ミクの様な「異次元のVRには適した声」なのでしょうが、和製ポップスや通常歌唱には使えません。おそらく富田先生は、その弱点欠点を充分に知りつつ使われたのでしょう。自分の私見としては「晩節を汚した、とまでは言わないものの、、、、残念」です。富田勲先生の最大の魅力は「得がたいメロディーメーカー」と言う事。ご承知の通り「エンゼルタイムや名犬ラッシー」に始まるテレビドラマやアニメの多数の傑作は、他の専門作曲家の皆様以上の物凄さでした。マイティジャックのあまりにシンフォニックな響き、リボンの騎士の土台にクラシックがありながらポップスの香りが漂うサウンドなど等は、専門の諸先生方には真似の出来ない世界でした。此処に「クラシックの基礎を専門的に学ばれ、早くからメカに感心興味を持ち、サウンド、音響に疑問と革新を考え続けた富田先生の土台」を感じます。おそらく最後になり、ご自分お一人でのクリエイティヴワークに「疑問や飽き、倦怠感」等を感じられたのか、生のオケによる音楽にリターンされたのではないか?と。それが初音ミクが正解かどうかは解りませんが、自分としたらもう一度特撮ドラマや映画、アニメ等の音楽もやってほしかったと思います。なお先生の作品はBGMも大変に素晴らしく、メディアになっていない作品も多いです。自分は早くから「テレビ音声のみを収録し、台詞のかぶらない部分を抜き出して編集し、一曲にまとめて聴き狂って」いました。現在はデジタルで簡単ですが、当時はアナログテープの手切り編集で、不器用な自分には大変でしたが。もっともっと富田先生の奥の深さを知って欲しいですね。今後も皆様には勉強させて下さい。 敬具  

直リン

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 8月31日(木)21時40分43秒
返信・引用
  初音ミク Sings “手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で”
http://columbia.jp/tomita/newrelease.html
https://youtu.be/DlAytmc1IhA

録音機材の質は50年前とは雲泥の差があるものの、やはり歌唱力では
当時のプロの歌手にはまだ及べていないボーカロイド。
ーー
ついでに、原盤が残っているのなら、これを出し直して貰えんかなぁ。
同じコロムビアだったのだし。出演者が多くて権利関係が複雑で難しい
のだろうけれども。まあマスターテープがまだあったとしても、
何百万円かを持ってこないとデジタル配信だけにしても実現しないでしょうね。

*「リボンの騎士」(1978年、LP1枚、日本コロムビア、品番:CS-7083)
※ ドラマ仕立ての豪華アルバム。

これは、本放送10年目に作られたLPアルバムで、再発されずCDにもならず。
たぶんそれほど数が出なかったし、たぶん冨田氏関与無しで過去の音源
テープと声優(まだ当時は全員在命)を集めてドラマ仕立てとして
作ったものでしょう。だから台詞が多いものなのです。
(たぶんこれは本放送時に出たものではないはずです)。
 

『手塚治虫×冨田勲×初音ミク』

 投稿者:K.Aihara  投稿日:2017年 8月30日(水)19時42分52秒
返信・引用
  前代未聞の『手塚治虫×冨田勲×初音ミク』コラボアルバム、全曲試聴×動画視聴×初回特典をトリプル解禁!!

https://nizista.com/views/article2?id=98adeb208d6811e7856b01efb14168fd

 

素晴らしい情報に感謝を

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 8月30日(水)12時40分49秒
返信・引用
  拝啓 サイトヘッド様、ご訪問の皆様方には素晴らしい情報に心より感謝を。思えば自分が高校生の頃1975年、長期月賦で国産初のシンセSH1000を手にしてから、常に富田先生のスタジオが憧れでした。この当時富田勲先生は、最初はオタリ8トラからアンペックスの16T、ソニーの4T等もありましたが、こうした素材はその後「タスカム8Tにまとめられて保存」ときいておりました(S&Rマガジンから)しかしこの8Tも相当に古いハードで、ティアックは良心的にリペア対応してくれていますが、此処のテープの保存も心配ですね。あれだけの数ですからね。しかし富田勲先生始め、大瀧榮一、東よしたか、皆さん一切無くなってしまいました。全ては記憶と写真や画像、動画でしか解りませんが、何か悲しいですね。富田先生の凄い点は、常に最新のハードが必ず入っていた事。シンクラビア、フェアライト、オタリ32chしDMTR、此処で初めて教えていただいたヌエンドまでとは、、、これは山下達郎サイトで知ったのですが、、、驚きましたね。我々は結果が全てであり途中のプロセスはどうでもよいとの思考が蔓延しています。しかし富田先生の作品等は、結果だけでは到底知りえない、途方も無いものがプロセスに在る事(特に惑星など)をもっと知り、大切にして頂きたいと心より熱望いたします。何か少しでも良い方向に向かえば良いですね。今回本当に勉強させて頂きまして、心より感謝いたします。またぜひご教示よろしくお願いいたします。 敬具  

Re: お礼 感謝

 投稿者:K.Aihara  投稿日:2017年 8月30日(水)10時46分54秒
返信・引用 編集済
  > No.1547[元記事へ]

大石良雄さんへのお返事です。

ご丁寧にありがとうございます。先生は源氏や仏法僧などの頃からはオケの曲(作曲は五線紙とビジョン+MU2000を使われていたようです)の他に、ご自分のシンセサイザーの作品をヌエンドに入れてサラウンド化をされておりました。

昨年の「楽器フェア2016」JSPAブース内では「TOMITA メモリアルミュージアム」という展示を行っていました。

NHKのmoogIIIpは手続きが大変だったようで、松武さんが同じモジュールの構成に近いmoogIIIcをお持ちの方からお借りして展示をしておりました。この時はリンツで使用していたフォステクスのB-16も展示してありました。これは作曲家の千住明さんに差し上げた物でした。そしてカシオのコスモシンセサイザーも展示されています。来場された方の動画がネットにありましたのでリンクも貼っておきます。ちなみにコスモシンセは樫尾発明記念館で展示してあり見学もできます。参考まで

*このサイトはトミタファンには本当にありがたいですね。サイト運営様には感謝です。

追伸:ここでは「富」ではなく「冨」をきちんと使っていただけると嬉しいです。先生のお名前はウ冠の「富」ではないので、、

https://www.youtube.com/watch?v=LTZslNFdLnI

 

お礼 感謝

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 8月28日(月)23時02分1秒
返信・引用
  拝啓 この度は早速のご教示心より感謝いたします。何故なら、富田先生のご自宅PS=プライベートスタジオの此処数年の様子が全く表に出ない事から、もしかして?と思っておりました。でもしかるべき場所できちんと保存していただければ嬉しいですね。富田先生は後年「別段スタジオに籠もる必要は無い」と。この変わりようには正直驚き戸惑いましたが、もしかして富田先生は「PS作業にはもう飽きた? 生のオケに回帰=エターナルリターンした」のかもしれませんね。またMCIはソニーに買収されてから「VCA 12chコンソール」等の製品発表もありましたがパッとせず、一体ソニーはどういう腹積もりでMCIを買ったのか? 今でも解らないのです。何せ非常に優れたメーカーの上名前は社長夫人から取ったと言われる名門でした。現在国内外で僅かでもコンソールは使われている様子で、MTRはさすがに無さそうですが、誰かがメンテしているはずなのです。特に富田先生等は主役でしたからね。何処かで誰かが大切にしてくれている事を期待します。今回唯一の疑問が解け本当に嬉しく、このサイト様関係各位様には深く感謝し、今後ともよろしくお願いいたします。 敬具  

Re: 初歩的ご質問

 投稿者:k.Aihara  投稿日:2017年 8月26日(土)22時10分23秒
返信・引用 編集済
  > No.1545[元記事へ]

大石良雄さんへのお返事です。

> (1)=現在、冨田勲先生のご自宅のプライベートスタジオはどうなっているのでしょうか? そのままで保存されているのか?何処かに移設されているのか?

生前、先生はご自分の楽器や音響機器を次の世代の音楽家の方々にお譲り(お貸し)したと伺っています。ただし、moogIIIpはNHKの放送博物館に展示しています。いっ時、尚美学園にあったmoog55は本来の場所へ戻り、現在の尚美にあるmoog55は古山先生のものだそうです。

> (2)=冨田勲先生が最後まで使っておられたMCIアナログコーソール(ソニーMCI) ソニーによれば、
>   MCIブランドはかなり以前に消滅しており何らの補修パーツも資料も無いと。一体何処がリペア
>   やメンテを行っていたのか?

これもどこかのスタジオにお渡し(お貸し)しているような噂を耳にしました。メンテができない状態なのでしたらSLやビンテージカーのように代用部品や部品自体を作らないと修理できない状態になるかもしれませんね。
 

初歩的ご質問

 投稿者:大石良雄  投稿日:2017年 8月24日(木)22時19分40秒
返信・引用
  拝啓 よろしくお願いいたします。 何処に聞いても解りませんぜひご教示下さい。
(1)=現在、冨田勲先生のご自宅のプライベートスタジオはどうなっているのでしょうか? そのま  まで保存されているのか?何処かに移設されているのか?
(2)=冨田勲先生が最後まで使っておられたMCIアナログコーソール(ソニーMCI) ソニーによれば、
  MCIブランドはかなり以前に消滅しており何らの補修パーツも資料も無いと。一体何処がリペア
  やメンテを行っていたのか?
等など、ぜひご教示下さい。
 

「初音ミク×手塚治虫展ー冨田勲が繋いだ世界ー」トークショー

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 8月24日(木)15時52分32秒
返信・引用
  第71回企画展関連企画「初音ミク×手塚治虫展ー冨田勲が繋いだ世界ー」トークショー
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/4000020/4000165.html

>日時  平成29年9月23日(土曜日)17時00分~18時30分
>対象  どなたでも >施設  宝塚文化創造館
>定員  150名
>    「往復はがき」に以下のとおり書いてお送りください。
後はWEB参照。
 

Re: 日本の音楽家を知るシリーズ

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 8月23日(水)12時10分50秒
返信・引用
  日本の音楽家を知るシリーズ「冨田勲」、ヤマハミュージック、
ISBN978-4-636-94329-0(2017年8月10日)

をやっと読むことができました。

映画音楽(劇場実写、劇場アニメ-ション)についての記述、
CM音楽についての記述、
NHKテレビの単発あるいは連続番組のBGM作曲についての記述、
RCAからレコードを出す以前のシンセサイザーの利用や作品についての記述

が書いてないか薄いなと思いました。まあ冊子の頁数に制約があるからか。
 

生産性向上のためのBG音楽

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 8月 9日(水)01時39分53秒
返信・引用
  生産性向上のためのBG音楽 富田勲
https://www.youtube.com/watch?v=X05OEOTqlXs


これが本当にそうなのかは、ジャケットとか盤面を
みせて貰わないとわからないですが。
 

北の蛍(1984)

 投稿者:Tatanka  投稿日:2017年 8月 5日(土)22時01分15秒
返信・引用
  「思い出のメロディー」でただいま、森進一が歌ってましたが、1985年春に冨田勲のシンセをバックに歌っていたのを思い出します。  

まぼろし

 投稿者:アニメファン  投稿日:2017年 7月30日(日)01時29分28秒
返信・引用
  今年80歳を迎える世界的作曲家、冨田勲のオフィシャルFACEBOOKページです...

とFaceBook(リンク先参照)の冒頭に出ているのは、まぼろしです。
 

Re: 日本の音楽家を知るシリーズ

 投稿者:武者  投稿日:2017年 7月30日(日)00時56分3秒
返信・引用
  > No.1525[元記事へ]

あくおんさんへのお返事です。

> 日本の音楽家の軌跡を多くのビジュアルとともにたどる――冨田勲の軌跡
> 7月14日発売予定

情報をありがとうございました。
すぐに注文したのですが、発売未定ですぐには受け付けてもらえなかったり、延期になったみたいで
なかなか手に入らなかったのですが、ようやく今日届きました。
(Amazonでは7月24日に発売になったようでしたね。予約も早く受け付けていました。)

一人称的で冨田さんの傍らにいて追体験しているように感じる部分と、俯瞰してエピソードの全体像が
分かる様に書かれている部分とがあり楽しく読めました。なかなか良かったです。
冨田さんの発言をエピソードの説明や、当時の心象などに織り込ませたりといろいろ工夫されているように
感じました。
今読んでも当時の時代感覚が分かるような解説が入っている辺りは時間の流れを感じます。
プライベート写真もいろいろとあり、貴重な一冊です。

もっと読んでみたいです。百科事典くらいあってもいいな。
 

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